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東京高等裁判所 昭和32年(行ナ)41号 判決

原告 株式会社打保屋商店

被告 特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨、原因

原告訴訟代理人は、昭和三十年抗告審判第一、二九〇号事件について特許庁が昭和三十二年七月二十五日にした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は、昭和三十年二月十七日、別紙目録表示の商標につき、第四十三類菓子其他本類に属する一切を指定商品として、特許庁にその登録を出願し、同年商標登録願第四、一〇二号として係属したが、同年五月二十五日拒絶査定を受けたので、同年六月二十三日抗告審判の請求をしたところ、特許庁は、同年抗告審判第一、二九〇号事件として審理の結果、昭和三十二年七月二十五日、原告出願の商標は、原査定が本願拒絶の理由に引用した登録第一二三、三八三号商標と比較して、外観において多少の差異が認められるとしても、その称呼及び観念を共通にする類似の商標たるを免れず、その指定商品も亦互に牴触すること明らかであるから、商標法第二条第一項第九号に該当し、登録することができないものである、との理由で、原告の抗告審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は同年八月三日原告に送達された。

二、右審決は、次の理由により違法であつて、取り消さるべきものである。

およそ、商標の目的機能は、商品の取引においてその出所を指示し、または品質を保証することにより、商標権者及び一般取引者需要者をその誤認混同から生ずる危険と損失とから防衛するものにほかならないから、商標の類否判定についても、単に机上論による対比のみによつてなすべきでなく、商品取引の実情に即してなすべきである。また、図形と文字の組合せからなる商標において、その類否判断は全体の統一的観察によるのを相当とするが、看者の印象をひくべき顕著なる部分が存在するときは、それを十分に考慮に入れ、かつ図形と文字との結合の度合をしんしやくして、商標の異同を判別すべきものである。しかるに、本件審決は、これらの諸点につき十分な審理を尽さず、したがつてその理由は事実の誤認にもとずくものである。

(一)  まず、本願及び引用各商標の称呼について、

商標の類否判定における称呼とは、その形象内容等から自然に生ずるものであることは論をまたないが、その自然とは一定の時と所とにおけるその商品に関する取引者間の風習を標準とすべきである。また、商人が氏名商号の一部をとつて商標構成の一要素とすることは、わが国商取引の実情に照してまれではないから、そのような商標にあつては、自然的称呼のみでなく、これを使用する商人の氏名または商号との関連において、考察する必要がある。

ひるがえつて、本件出願商標及び審決に引用した登録商標は、ともに第四十三類菓子及び麺麭類(但し引用登録商標においてはオコシ、餠菓子を除く)を指定商品とするところ、同類の商品にあつては、たとえその商品に関する図形商標または図形文字の結合商標が、長年月にわたり、または広く知られて存在する場合であつても、その図形又は図形文字の結合から生ずる自然的称呼によつて取引が行われることは少なく、商品自体に固有の文字商標を有する場合は別として、普通名称の商品に対しては、例えば「木村屋のパン」、「文明堂のカステーラ」、「森永ミルクキヤラメル」、「栄太楼の羊羹」、「中村屋の最中」等のごとく、商標使用者の氏名商号との関連において称呼され、「マルキのパン」、「エンゼル印ミルクキヤラメル」、「楯印の最中」等の称呼されることは極めて稀である。これ、本類における商品について、図形商標また図形文字の結合商標が営業の紋章的に取扱われる傾向が特に強い風習によるためであつて、たまたま前掲例示の商品についてこれに貼付する図形商標又は図形文字の結合商標が称呼を生じ難いために生起したためではない。ことに結合商標中に商号又は商号の頭文字が顕著な形態において含まれる場合、取引上文字が無視されて図形のみが称呼の対象となるということは、ほとんどあり得べからざることである。

さて、本件出願商標は、別紙目録に表示するごとく、円輪廓に密接してちよ立した打出の小槌を筆書体風に描き、その胴体部には胴体輪廓と一体不可分なるごとくに、「打」の一字をびん文字風に大書してなるもので、その使用の態様においては、多くの場合株式会社打保屋商店、打保屋商店、或いは打保屋なる原告の商号、屋号と併用されているものである。本類商品取引における前記風習にしたがつて、本願商標からは「ウツボヤ」の称呼を生ずるとすることが相当である。

一方、引用登録商標は、これ亦別紙目録の示すとおり、明瞭な「星の王」図を頂位に描き、横置した打出の小槌を筆書体風に描き、その胴体輪廓内に「御菓子処」、「浪華堀江」「黒金橋南」及び「大黒屋」の文字を四行に縦書してなるものである。したがつて、前記取引実情からして、出所たる「大黒屋」の文字に関連して「ダイコクヤ」の称呼を生ずることは、当然である。

しかるに、本件審決において、両商標ともに「ウチデノコヅチ」なる同一称呼を生ずるとして、その商品けん別力を否定したことは、本類商品に関する取引慣習である商品出所の氏名商号と商標との強い関連性を無視したことに起因する誤認に基くものであり、著しく不当である。

(二)  次に、両商標の観念について、

商標の観念は、外観及び称呼にけん連するものであるが、称呼については、商品取引上、本願商標、引用登録商標ともその使用者の商号と深い関連を有し、ともに単に「ウチデノコヅチ」と称呼されるべきものでないことは、さきに述べた通りであるから、ここではまず商標の外観につき説述すれば、本願商標は前記のごとき構成を有するものであるから、離隔的観察においては、特に力強く印象的で、しかも胴体と密接不可分に構成された顕著な部分である「」の文字(たとえ「打」の文字とは読み難い場合があるとしても、何らかの変態文字であるとの強い印象を看者に与えるものであることにかわりはない。)を無視することは、到底不可能であつて、その文字の輪廓たる打手の小槌図形に対して商標構成上軽重なく、これを打手の小槌の附飾に過ぎないとすることは、図形と文字との結合商標において、読み難い文字はすなわち顕著な図形の附飾物であるとする皮相の見解に出ずるものである。次に引用登録商標は、図形文字の結合商標であること、本願商標と同様であつて、その胴体に四行に縦書された文字のうち「大黒屋」の文字は、商標が表彰する商品出所の商号を明示するもので、この文字を抽出しても特別顕著のものであることが十分に想定されるものであるから、商標の統一的観察上軽視すべからざる顕著なる部分である。したがつて、いま、両商標を商品の取引を中心にして対比考察すれば、仮に本願商標における円輪廓を無視しても、双方商標における打手の小槌図形とこれと結合した文字との関係構成から、いかなる角度から観察しても、本願商標における打手の小槌は縦にちよ立したものであるし、引用登録商標は横置したものであることが容易に観察され、前者からは動的な躍動感が、そして後者からは静かな安定感が与えられることが否まれず、更に結合した文字による異つた印象のあることが事実である。普通の知識を有する需要者が購入にあたつて普通の注意をもつて観察するときは、彼此混同するおそれは全くない程度の外観上の差異があるというべきである。したがつて、商品取引の実情に即して考察するときは、右に述べるような普通の看者にとつて顕著なる部分をそなえる外観の特異性、及び本類商品についての取引習慣から発生する称呼からして、本願商標からは「打保屋の打手の小槌」又は「打の字打手の小槌」の観念を生ずるを自然とし、引用登録商標からは「大黒屋の打手の小槌」の観念(又はむしろ、打手の小槌は輪廓として観念され、明瞭なる商品出所の指標力からして、「大黒屋の御菓子」又は単に「御菓子処大黒屋」の観念)を生ずるとするのが相当である。けだし、本類商品の売買取引においては、商標が添附される媒体たる包紙、容器、引札等に図形商標又は図形文字の結合商標のみが単独に使用されることは稀有であつて、必ずこれとともに商品の出所を示す商号、屋号が併記される慣習があり、しかも前記のとおり「図形」自体は取引上自然的称呼を生ぜず、必ず出所の商号、屋号のみをもつて称呼されるという風習が存するから、図形商標、又は図形文字の結合商標は、取引上出所の商号、屋号に関連してのみ観念されることは、当然である。引用商標が要部たる文字「大黒屋」の観念と独立して「打手の小槌」の観念を生ずるとし、一方本件出願商標の要部であり、かつ右商標と併存して使用される屋号の「打保屋」の文字から容易に推知しうる程度の変態文字である「打」の字が無視されて、単に「打手の小槌」が観念されるなどということは、明らかに取引の実情を無視した事実の誤認である。

三、前述の通り、本件出願商標は、その表彰する商品の取引慣習、統一的観察による外観、称呼及び観念の各見地からして、ともに打手の小槌図形を使用しているとしても、引用登録商標とは類似性を阻却しており、普通の取引者又は需要者が普通の注意をもつてすれば、商標の誤認混同による危険と損失を蒙るおそれはないものであるから、双方商標に共通なる一部分にのみ拘泥した本件審決は、経験則に反し、事実の認定を誤り、したがつて法令の適用を誤つた違法あるもので、当然取消を免れない。

第二被告の答弁

被告指定代理人は、主文通りの判決を求め、次のとおり答弁した。

一、原告がその主張の通りの商標登録出願をし、拒絶査定を受け、抗告審判を請求したが、原告主張のような理由で、右請求は成り立たない旨の審決があり、原告主張の日にその謄本が原告に送達されたこと、右出願商標の構成並びに原査定及び審決がその理由に引用した登録商標がいずれも原告主張のとおりであることは認めるが、右審決が原告主張のごとく事実を誤認し、違法であるという点は否認する。

二、本件出願商標の構成は、別紙目録表示のごとく、細線の円輪廓内に筆書体風の太線をもつて縦に「打手の小槌」の図形を描き、その胴体に「打」の文字と思われる文字を漢字崩しの書体で鬚文字風に表わしたもので、第四十三類菓子其他本類に属する一切を指定商品として、昭和三十年二月十七日に登録出願をしたものであるのに対し、査定及び抗告審判の審決において本願拒絶の理由に引用した登録第一二三、三八三号の商標は、これも別紙目録に示すとおり、筆書体風の太線をもつて横に「打手の小槌」の図形を表わし、その胴体に「御菓子処」、「浪華堀江」、「黒金橋南」及び「大黒屋」の文字を四行に縦書して成り、第四十三類菓子及び麺麭類一切(但し「オコシ」、餠菓子を除く)を指定商品とし、大正九年十月八日の登録出願にかかり、同年十二月十六日登録、昭和十六年三月十五日その商標権の存続期間更新の登録がされたものである。

本件出願商標は、「打手の小槌」の図形を顕著に表わして成るから、同じく「打手の小槌」の図形を要部とする引用の登録商標とは「打手の小槌」の観念及び「ウチデノコヅチ」の称呼を共通にする類似の商標であるというべきである。

すなわち、本件出願商標中、細線の円輪廓は商品の記号又は商標において輪廓として普通に使用される附飾の態様を出でないものであり、また打手の小槌の胴体に表わされた文字様のものは「」(かかる文字は辞書等を調査したところでは見当らない。)のごとき態様をなし、一見「打」の文字とは読み難く、商標全体の構成から見て打手の小槌の附飾に過ぎないものとするのが相当であるから、結局本件出願商標は「打手の小槌」の図形を主体とするものであり、商標としての称呼は「ウチデノコヅチ」であつて、「打手の小槌」印の観念を有するものとするのが自然である。これに対し、引用の登録商標は、顕著に表わされた打手の小槌の胴体に「大黒屋」の屋号のほかに附記的文字を表わしているが、打手の小槌の図形はその構成上単なる輪廓の域を脱し、商標の要部をなすものであること明らかであつて、「大黒屋」の称呼観念とともに「打手の小槌」の称呼観念を有するものとするのが、取引の経験則に照し相当であるといわなくてはならない。

三、原告は、商標の称呼及び観念はその形象内容から観念的にこれを判断すべきではなく、取引の実際に即して考察すべきであつて、この見地からすれば本願商標の指定商品である第四十三類の商品については、商標の称呼観念はその使用者の氏名商号との関連において生ずるとするのが取引の実際に即したものであると主張し、数個の事例を挙げてその裏づけとしているが、それらの事例はいずれも原告の主張の正当性を示すものではない。何となれば、「キムラヤのパン」、「森永ミルクキヤラメル」、「栄太楼」、「中村屋」等は他の商標(例えばエンゼルの図形より成る商標)より生ずる称呼又は観念ではなく、それぞれ登録第四六〇、二八八号、第七六、三八九号、、第七八、五二九号、第四五八、四〇二号の商標として独立の登録商標であつて、その文字から当然に生ずる称呼観念そのものであり、又「文明堂」も商品「カステーラ」について著名な製造販売業者である「文明堂製菓株式会社」の略称であつて、「文明堂のカステーラ」が他の商標から生ずる称呼観念ではない。そして、「マルキのパン」に至つては「株式会社木村屋総本店」とは何の関係もない在大阪「株式会社マルキ」の登録商標であつて、この他人の登録商標から「木村屋のパン」なる称呼観念が生ずるのが取引の実際に即したものとする原告の見解こそ、事実の誤認も甚しいといわなくてはならない。

これを要するに、取引界における商標の使命は、商品に自己の住所、氏名、名称等を記載して、その出所を表わす代りに取引者又は需要者に親まれてその印象に残り易い文字、図形等をもつてするにあり、この見地からすれば本件出願商標において「打手の小槌」の図形内に「」の文字様の模様を有するとはいえ、それは文字として判読し難いものであるから、単なる「打手の小槌」印として印象せられ易いものである。また引用登録商標においても、「打手の小槌」の図形それ自体が「大黒屋」なる屋号を有する営業者の商品であることを表彰するものであつて、「大黒屋の菓子」を表わす代りに、単なる「打手の小槌」印として称呼観念され易いものといわなくてはならない。本件審決が両者は共に「ウチデノコヅチ」(打手の小槌)の称呼観念を有するものと認定したのは、当然である。

四、商標の観念はその商標を構成する文字、図形、記号を離れて生じ得ないもので、商標の称呼はその観念と一致するのが原則であり、取引の実際との関連において冗長なものは、その一部が省略され、また、紋章等のごとく特殊の呼名を有する場合があるとしても、観念との関連を無視した全然別個のものが生ずる道理がない。商品に自己の商号又は屋号を冠して、その商品の出所を表示することは、すべての業界に行われる当然の事実であつて、かかる呼名は商標の称呼とは何等関係のないものである。原告の所論は商標と商号とを混同するものであるといわなくてはならない。

第三証拠〈省略〉

理由

一、原告が昭和三十年二月十七日別紙目録表示の商標につき、第四十三類菓子其他本類に属する一切を指定商品として登録を出願したところ(同年商標登録願第四、一〇二号)、拒絶査定を受けたので、抗告審判を請求したが(同年抗告審判第一、二九〇号)、昭和三十二年七月二十五日、原告主張のごとき理由で、右請求は成り立たない旨の審決があり、同年八月三日その謄本が原告に送達された事実、並びに原告出願の商標と、右拒絶査定及び審決が右出願商標と称呼及び観念を共通にするとして引用した登録第一二三、三八三号商標とが、それぞれ原告主張のごとき構成を有することについては、当事者間に争いがない。

二、そこで右両商標が果して拒絶査定及び審決の説示するように、称呼及び観念において共通の点を有するかどうかについて考えるのに、本件出願商標は別紙目録に示すとおり、細線の円輪廓内に、筆書体風の太線をもつて縦に「打出の小槌」の図形を描き、その胴体に「」の文字を漢字崩しの書体で鬚文字風に表わして成り、これに対して引用登録商標は、これも別紙目録に示すように、筆書体風の太線で横に「打出の小槌」の図形を描き、その胴体に隷書体で「御菓子処」、「浪華堀江」、「黒金橋南」、「大黒屋」と四行に、それぞれ縦書して成るものであるから、両者の全体的観察において、まず看者の視覚に訴えるものは、両商標を構成する形象の全体にわたつて、それぞれ筆書体風の太線で力強く描かれた「打手の小槌」の図形であるというべく、したがつて両者はともにこれに相応する称呼及び観念を生ずるものといわなくてはならない。

三、原告は、本願商標の指定商品である第四十三類菓子及び麺麭類の取引にあつては、図形又は図形文字の結合商標はその図形からの自然的称呼は生ぜず、商品の出所を示す商号、屋号と関連してのみ称呼され、したがつてさように観念される風習があると主張するが、かかる取引慣習のある事実を認めるに足る証拠がない。もつとも、真正の成立につき争いのない甲第七号証、弁論の全趣旨に徴し真正の文書であると認め得べき同第八ないし第一八号証(各証明書)によれば、本願商標を附した原告の商品は高山市地方において、原告の屋号によつて「ウツボヤ○○」(ただし○○は商品名をあらわす)と呼ばれていること、また、ひとり原告の商品のみならず、これと種類を同じくする菓子、パン等の商品であつて、全国的に知られているものにあつても、これが製造販売をする営業者の商号、屋号、或いはその略称によつて「何々ヤの何々」というように呼ばれている事例の少なくないことを認められないではないけれども、さような呼名は商標とは関連なく、むしろ当該営業者の商号、屋号等の名称自体と普通商品名との結合から生ずるものと解するのが相当であつて、これらの呼名の行われる事実を以て、同じ営業者の商標が、これを構成する形象からして、これらの呼名とは異なつた自然的称呼及びこれに対応する観念を有する事実を否定することができない。けだし、商標は独立してその使用者の商品を表彰する作用を有するのが、その本来の姿であつて、必ずその使用者の商号、屋号等、商標とは別の表示からその称呼、観念を借りなくてはならないとするがごときは、商標の完全な機能を否定するにほかならないから、商品の種類がいかなるものであるにせよ、さような不合理な内容の取引慣習が存在するとは思われないからである。

原告は、本願商標は打手の小槌の胴体に、顕著な「打」の文字を表わして成り、また常に原告の商号、屋号と併用されるから、「ウツボヤ」の称呼及び「打保屋の打手の小槌」又は「打の字打手の小槌」の観念を生ずるのに対して、引用登録商標は打手の小槌の胴体に、「御菓子処」「大黒屋」等の文字を表わしているから、「ダイコクヤ」の称呼を有し、かつ「大黒屋の打手の小槌」或いはむしろ「大黒屋の御菓子」「御菓子処大黒屋」の観念を生ずると主張する。なるほど、前者の標章には「打」の字の変態と読みうべき「」の文字を表わしているが、その何を表彰するかは不明確であつて(それが「打」の字の変態であるということも、この文字のみからしては、一般人のむしろ読み難いところであろう。)、他の形象と結びつかない限り、独自の称呼、観念を生ずること、困難なるものである。すなわち、「打保屋」という原告の屋号の記載をまつて、始めて「打」の文字であることを理解し得る程度のものであるに過ぎないから、商標の独立した称呼及び観念の形成には、ほとんど何も寄与しないと考えるのが相当である。これに反して後者の標章中、「御菓子処」、「大黒屋」その他の四行の文字はかなり平明な隷書体で表示され、「御菓子処」は普通名称であつて、格別のけん別力を有しないとしても、営業者の屋号である「ダイコクヤ」の称呼及び「大黒屋」の観念を生ぜしむることは、これを認めざるを得ないであろう。しかし、右引用登録商標中打手の小槌の図形は、単なる右四行の文字の輪廓という以上に強い印象を看者に与え、少くとも「大黒屋」の称呼観念と軽重ない程度において、「ウチデノコヅチ」の称呼及び「打手の小槌」印の観念を生ぜしむるものといわなくてはならない。そして、数個の図形又は図形、文字の組合せから成る商標において、そのそれぞれから二個以上の称呼又は観念の生ずる場合もあり得べく、そのような場合にその一の称呼、観念の生ずる事実を以て、商標の類否判別について、他の称呼、観念を生ずる事実を抹殺することはできないであろう。

また、原告は、本願商標の打手の小槌図形はちよ立せる躍動形であるのに、引用登録商標のそれは横置した安定感あるものであるから、その与える印象において異なる、と主張し、両者がともに打手の小槌を表わすものでありながら、かなり異なつた外観を有することは、右両商標を比較して明らかなところであるけれども、両者はいずれもその外観から離れたときに、具体的形状から抽象された打手槌の小の印象を残し、したがつて、ともに「ウチデノコヅチ」の称呼及び「打手の小槌」の観念を生ぜしめるものである事実を左右するものではない。

四、これを要するに、本件出願商標及び引用の登録商標は、いずれも「ウチデノコヅチ」の称呼及び「打手の小槌」の観念を有し、類似するものというべく、成立に争いのない甲第六号証は右認定を妨げるものでなく、その他これを動かすに足る証拠はない。そして、前者の指定商品は、第四十三類菓子其他本類に属する一切であり、後者の指定商品も亦第四十三類菓子及麺麭類(但シオコシ餠菓子ヲ除ク)であることは、当事者間に争いがないから、指定商品においても相牴触するものといわなくてはならない。

本件出願商標は、商標法第二条第一項第九号に該当し、これが登録は許すべからざるものというべきである。本件審決には何ら違法の点がないから、これが取消を求める原告の請求は理由がない。

よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 内田護文 原増司 入山実)

本件出願商標〈省略〉

引用の登録第123383号商標〈省略〉

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